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売上12億円超えのトマト農家が使う、門外不出の“バトン”の話

夏秋トマトのトップブランド「南郷トマト」をご存じですか?福島県南会津地域から出荷されるGI認証トマトで、栽培がはじまってから60年以上の歴史があります。南郷トマト生産者の間では、その歴史を繋ぐバトンの役割を果たしている、ある道具が存在します。名も無き発明家が考案した、門外不出の農具「からげ棒」にまつわる物語。

奥会津の大自然で育つ、夏から秋に旬を迎える絶品トマトとは?

「トマトの旬は冬」という人もいますが、夏でもおいしいトマトはたくさんあります。つまり、栽培する地域や環境によって旬は変わるということ。

夏から秋にかけて旬を迎えるトマト生産地の中で、たった3ヶ月の収穫期間にも関わらず、2023年には12億2900万円という過去最高の販売額を叩き出すほど売れているブランドトマトがあります。

福島県の南会津・只見・下郷地域だけで栽培されている「南郷トマト」です。生産組合にはおよそ110の事業者が所属。

早朝に収穫されたトマトは、選果場に運ばれたのち、厳しい基準で選別されたトマトだけが全量雪室で予冷され、「南郷トマト」ブランドを背負って京浜市場を中心に出荷されます。

60年以上の歴史がある、福島県南会津地方の特産品「南郷トマト」。平成27年には「第44回 日本農業賞 大賞」を受賞、平成30年にはGI地理的表示保護制度に登録されました

南郷トマトの特徴は、甘味と酸味の絶妙なバランスと、パリッとした心地よい食感です。高糖度を狙ったトマトとは、まったく違うおいしさがあります。

生産者の三瓶陽太さんは、そのおいしさのヒミツは「この地域の風土にある」と言います。山々に囲まれた南会津地方は、大自然からの恵みである澄んだ空気と水がタカラモノ。JGAP認証を受けた生産者が良質な土壌をつくり、昼夜の寒暖差のある絶好の環境で栽培しています。

「植物は昼間に光合成をして、一生懸命に成長します。僕たち人間も昼間に働いて体力を使ったら、夜は一杯やって体を休めますよね。トマトも同じで、夜は涼しい環境でゆっくり休みたいんです。この地域は真夏でも夜は25度を下回るので、健やかなトマトが育ちます」

ビニールハウスを撤去しなければならない…。雪国トマト農家が背負う宿命

南郷トマトの収穫期間は、7月下旬から10月下旬まで。生産者はその間は休みなく、毎朝6時から10時頃まで収穫作業に汗を流します。

陽太さんが代表を務めるさんべ農園では、多い日にはコンテナ200箱分、およそ1万7000個を出荷。従業員ひとりに換算すると、1日に1200個以上を収穫しているそうです。

冬トマトを出荷する地域は冬期もビニールハウス内で収穫が続きますが、なにせ南会津地方は豪雪地帯。平均積雪は3mにも及ぶので、ビニールハウスを建てたまま冬を迎えたら、雪の重さでハウスは押しつぶされてしまいます。

南郷トマト生産者は雪が積もる前の11月初旬にはハウスの鉄骨だけを残し、屋根のビニールや支柱などの資材をすべて撤去します。

「ハウスでトマト栽培をしていて、冬にビニールを剥がして撤去作業をするのは雪国だけでしょうね。もちろん春になってまたビニールを掛けて支柱を建てる手間が発生するのも、我々雪国の生産者だけです」

冬は積雪が5mを超えるときも。雪景色で地域一帯がモノクロの世界に
夏は山と田んぼ、畑と川といった美しい日本の原風景に癒されます

さんべ農園には41棟のビニールハウスがあるので、雪解けの春にビニールハウスを建てる作業は重労働です。

「やらねぇでいいなら、やりたくねぇ」と笑う陽太さん。そして、「でも僕たちには、この地域だけで受け継がれてきた、有り難い農具があるんですよ」と言います。

作業負担を1/10に軽減する、この地域だけに伝わる謎の農具とは?

陽太さんが納屋から持ってきたその農具は、何に使うか見当もつかない代物でした。南郷トマト生産者の間では「からげ棒」と呼ばれているようですが、Google検索してもヒットしないので、この地域でしか通用しない名称のようです。

もちろん、某コンビニで販売している、棒にからあげが刺さったアレでもありません。冗談はさておき、謎の「からげ棒」とは一体どんな道具なのでしょうか。

こちらが謎の農具「からげ棒」です

「春になってトマトの支柱を建てるときに、その1本1本をビニールテープで固定する途方もない作業が発生します。うちのハウスにある支柱は全部で約2万本。

2m以上の高さにある支柱にビニールテープを手で括りつける作業を続けると、腕もふくらはぎもつります。ほんと、めっちゃ大変なんですよ。でも、からげ棒があれば背伸びする必要もなくスムーズに支柱にテープを固定することができます。

これがない固定作業なんて、考えられないですよ」

「こうやって使います」と実演する陽太さん
からげ棒の先端が湾曲しているので、支柱にビニールテープを楽にくくりつけることができます

からげ棒があるのとないのとでは、作業の負担は10倍変わるそう。肉体的な負担もそうですが、時間的な負担も軽減されるので、南郷トマト生産者にとっては心からありがたい棒なのです。

陽太さんがトマト栽培をはじめた当初は、「大切なもんだから、使ったら元あった場所に戻しとけぇ」と叔父さんから教えられたそう。取材時に見せてもらった後も、すぐに元の場所に戻していました。

「からげ棒は、今となってはどこも販売していません。だから絶対に無くすわけにはいかないです」

名もなき発明家が考案した農具が、今も継承されている理由

南郷トマト生産者の間でしか、その存在が知られていない「からげ棒」。発明したのはトマト農家で地元の発明家でもあった、山内逸雄さん。ぜんそくを患って亡くなるまで、トマト栽培を軽作業化するアイテムを次々と発明し、地域農業に貢献した人物です。

名も無き発明家が生み出したからげ棒は、一度は商品化されるものの、数が売れるものではなかったため終売に。その悲観すべき状況を打破したのが、元農業資材屋で南郷トマト生産者のあいあい工房さんでした。

スキー場で処分されるスキーストックの廃材をアップサイクルして、からげ棒のバージョン3を誕生させました。

左が発明家の山内さんが考案したからげ棒バージョン1、真ん中が商品化されたバージョン2、右があいあい工房さんがスキーストックをアップサイクルしたバージョン3

「あいあい工房さんは、南郷トマト生産者として新規就農する人に、自分で作ったからげ棒を無償で配布しているんです。これから南郷トマトを生産する人にとっては、とてもありがたいことですよ」

南郷トマト生産者のうち、約3割が県外からの新規就農者。スノーボードなどの観光で南会津地方に訪れ、圧倒的な自然資源に魅了されてIターン就農する人が増えているそうです。

情熱を持った新規就農者を迎え入れる体制が整っていることも、南郷トマトを取り巻くポジティブな要素なのかもしれません。

からげ棒は、南郷トマトを継承する「結」のバトン

農村社会に古くからある慣行に「結」の精神があります。これは、みんなで助け合うという心の在り方。栽培から60年以上の歴史を持つ南郷トマトも、この「結」の精神に支えられていると陽太さんは話します。

「どこかの農家がひとりで南郷トマトを売っていても、ブランド化はできなかったはずです。この雪深い地域でブランドトマトを維持できているのは、隣近所、隣町とも力を合わせて、人と人が助け合ってやってきたからです。

からげ棒だって、山内さんが発明して、あいあい工房さんが受け継いで、それが今も新規就農者の手に渡っている…。南郷トマトを継承する、『結』のバトンなんだと思います」

陽太さんは、かつて南郷トマト生産組合の組合長を務めていた父親から、「結」のバトンとともにさんべ農園を受け継ぎました。現在34歳の陽太さんは、「親父は今も尊敬する現役の農家。僕も死ぬまで農家でいたい」と言います。

親子4代で住む家では、まだ幼い子どもたちが元気に遊びまわっています。いつか陽太さんから手渡されるバトンとともに、南郷トマトの継承がいつまでも続きますように。

馬渕信彦

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