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【地主の挑戦】家庭菜園のある”癒やし物件”で幸福度の高い住環境を

都市部に住みながらも、当たり前のように土に触れられ、生態系を実感でき、作物を育てられる毎日。そんな日常が手に入る賃貸住宅物件を生み出した地主さんがいます。

地域の人々と助け合いながら生きる“農村的生活スタイル”が、これからの日本に好影響を与えると信じて奮闘する、若き地主の挑戦を追いました。

Text:溝口敏正

単なる収穫イベントにあらず。非農家たちの稲刈りが意味すること

撮影:TSUCHILL編集部

稲刈りシーズンの始まった10月の日曜日。神奈川県藤沢市にある田んぼに、ひとり、またひとりと人が集まってきます。

30~40代の若い男女を中心に、子どもや、外国人の姿も見えます。そして誰からともなく手際よく稲刈りを始め、刈った稲を束ね、「はざ」と呼ばれる竹で組んだ竿に引っ掛けていきます。

プロの農家の農作業とも、よくある収穫体験イベントとも違う、アットホームで独特の雰囲気が漂うこの光景は、「マイミーRICECOMMONS」の代表を務める、石井光さんがプロデュースするプロジェクトのひとコマです。

撮影:TSUCHILL編集部

「参加してくれているのは、私が大家をしている物件にお住まいの人や、その周辺に住んでいる人、私たちの考えに賛同してくれている人など、さまざまな立場のみなさん。

みんなで一緒にこの田んぼを運営している、という感じです。今年からさらに田んぼの枚数を増やしたので、仕事量がグッと増えて大変です」(石井さん)

撮影:TSUCHILL編集部

そう言って笑う石井さんは、「農」と「日常」が心地よくリンクする生活を目指し、いくつものプロジェクトを手掛けています。

これは、本業である大家業の立場から、その先にある「地域コミュニティの活性化」という未来を見据えての行動です。

大家業以外にも、コミュニティ農園の運営、そして、田んぼの管理。プロジェクトの内容は多岐にわたります。現在は「半農半大家」を自称する石井さんが、自身の経験とリソースをフル活用しながら、「農」を取り入れたコミュニティづくりを推し進めるのはなぜなのでしょうか。

マンションを建てても解決しない。悩める地主による土地活用

画像提供:石井光さん

石井さんは、藤沢市辻堂で13代続く地主の家庭に生まれました。小さいころから生き物が大好きで、地元である辻堂の自然と戯れながら成長したと言います。

東京農工大学農学部に進学し、生態学を研究。さらに卒業後は生態系保全を行うNPOに関ったり、一年間にわたって有機農家さんのもとで農業研修をしたりなどして、自然環境や有機農業、生態系に関する幅広い知見を得ました。

その経験と、代々携わってきた大家業の「未来像」がリンクし、自身が育ったエリアを基点とした、「農」と密接に関わりあうコミュニティづくりというビジョンが生まれます。

画像提供:石井光さん 撮影:奥田正治

「地主としてこれまで長年管理し続けてきた土地を、この先どう扱っていくべきなのか、という命題を考えると、なかなか難しいものがあると感じていました。

莫大な相続税を払わなくてはならないし、固定資産税もある。解決策として一般的なのは『マンションを建てて運用する』という方法なんでしょうけれど、これからどんどん人口が減少していくし、空き家が増えている現在、果たして意味があるのかなと。

ビジネス的に先細りになるのは目に見えているし、それにともなって地域が衰退していく可能性もあるなら、何かもっと有効な土地の使い道があるのではないかと考えました」(石井さん)

撮影:TSUCHILL編集部

所有する土地で利益を得ることだけではなく、地域に貢献し、活性化することも考える。

そんな石井さんの理念は、「ちっちゃい辻堂」という興味深いプロジェクトを誕生させました。

石井家の所有する土地の一部に建つ賃貸物件と、石井さんの家族が住む母屋と離れを合わせた区画をひとつの小さな「村」のように見立て、住人の日常生活と自然環境がゆるやかにつながる場として機能させる。

それが「ちっちゃい辻堂」のコンセプトです。大家として賃貸物件を管理しながら、住人同士の繋がり、自然とのかかわりを促すのが、石井さんの役割となっています。

画像提供:石井光さん 撮影:奥田正治

「『ちっちゃい辻堂』は、約800坪の敷地に築30年のアパート1棟、新築の戸建て4軒があり、築57年の木造の平屋をDIYで改装してコモンスペースも作りました。

共用の庭や畑、果樹もあります。農作業や土いじりを通じて、気軽に自然とのコミュニケーションを取ってもらえたらいいなと思っています」(石井さん)

https://chicchaitsujido.life/

その名の通り、小さなエリアで展開されるプロジェクトではありますが、そこには自然や生態系を体感し、時には住人同士が、積極的に対話しながら過ごすための工夫が散りばめられています。

画像提供:石井光さん

「井戸や雨水を貯めるタンク、堆肥を作るコンポストなどもあり、自然環境における『循環』が日常的に感じられるようになっています。

また、敷地の中で鶏を飼育していて、私の家族も含め、住人のみなさんと共同で世話をしていたりもします。

作物を作ること、食べること、生きることを楽しみつつ、動物や地中の微生物の存在まで、肌で感じられる環境になればいいなと」(石井さん)

画像提供:石井光さん 撮影:奥田正治

かつて全国に点在していた日本の農村コミュニティを思わせる「ちっちゃい辻堂」は、日本人が忘れかけている人と人の繋がり、人と自然の共存を、改めて思い出すためのプロジェクト。

今、ここで暮らす人々が心地よいことはもちろん大切ですが、それはあくまでも、この先続いていく未来のとっかかりに過ぎない、という考え方が根底にあります。

「農」のある暮らしを通じ、現代版の「古き良きコミュニティ」を模索する

画像提供:石井光さん 撮影:奥田正治

「大切なのは、僕らのいなくなった後の『100年先に想いを馳せる』ことだと思っています。今の行動が、100年後の未来にどんな影響を与えるのかを意識したいんです。

住宅の設計にしても、土いじりにしても、それを意識することで、最適なものに近づけるのではないかと。

自分たちの人生だけ考えて、短期的な視点になってしまうと、文化も継承できなくなるし、どこに行っても、何も変わらない画一的な町ばかりになってしまいかねません。

そうではなくて、ここ、辻堂ならではの風景を未来に継承していきたいんですよね。

いかに時間軸を将来に向かって伸ばせるかを、住環境や自然と触れ合える環境を整えるという面から考えていきたいと思っています」(石井さん)

画像提供:石井光さん 撮影:奥田正治

石井さんの試みは、「ちっちゃい辻堂」の運営だけにとどまりません。2017年にスタートし、2019年に前の代表から引き継いだコミュニティ農園「EdiblePark茅ヶ崎」も、石井さんの理念を具現化したプロジェクトのひとつ。

会員となっている30家族が週に一度集まり、農作業や収穫を通して触れ合い、会話を交わし、繋がりを深めています。

画像提供:石井光さん 撮影:奥田正治

前述の田んぼプロジェクトも同様です。単なる「農業体験」を提供するだけでなく、農作業自体を人と人とを結びつけるツールとして活用し、ゆるやかな繋がりのあるコミュニティを形成していく。

そんな石井さんの思いは、さまざまな立場の人を巻き込みながら、少しずつ明確な形になってきているようです。

画像提供:石井光さん 撮影:奥田正治

『ちっちゃい辻堂』『EdiblePark茅ヶ崎』で熟成されていくコミュニティ活動が、その外側の地域に少しずつ滲み出していくといいなと思っています。最近では、近隣のビーガンカレーショップから生ゴミを、コーヒーショップからコーヒーかすを受け入れて、堆肥として再利用もしています。

先方は処理費用が浮くし、堆肥にすることで土を作り、地域の生態系に貢献することにもなる。

そういった繋がりやサイクルをさらに広げていくことで、一緒にコミュニティを活性化させ、より面白い試みができるのではないかとも思います」

「それで食えるのか」という感覚も忘れてはならない

画像提供:石井光さん 撮影:奥田正治

現在好評を博している「ちっちゃい辻堂」は、第1弾から徒歩2分の土地に、第2弾の物件が竣工しました。

「EdiblePark茅ヶ崎」や、新たに田んぼの面数を増やした「マイミーRICECOMMONS」を通じて、関わる人の数も増加しています。石井さん本人は「まだ、成功事例と言える段階ではありません」と謙遜しますが、石井さんの考えに共感し、価値を見出す人は確実に増えています。

画像提供:石井光さん 撮影:奥田正治

では、ニーズはあるとしたうえで、石井さんが作り上げたコミュニティモデルは、他の町でも再現できるのでしょうか。

また、同じような立場の地主さんや、不動産関連業者にとって、ある種のビジネスモデルとして、浸透する可能性はあるのでしょうか。

「再現性はあると思います。なにより、私にできたのだから、ある程度時間を掛けさえすれば誰にでもできるでしょう(笑)。

かつては日本中に農村コミュニティがあって、うまく回っていたわけですから、できない理由はありませんよね。

撮影:TSUCHILL編集部

実際、先日地方の郊外に土地を持つ地主さんが視察に来られました。田舎ではなくて、都市部の郊外でエコビレッジ的な賃貸住宅や分譲住宅をやってみたいというお話でした。

工務店の社長さんも来られました。ビジネス的な見地に立つと、ひとつの建物、ひとつの部屋だけに価値を出すことに限界が来ている。だから、より広い領域の『コミュニティ』でゆたかさを作るという考えがあっていいと思います」

石井さんは、この先の課題のひとつとして、「より多様性のある選択肢」の提供を挙げます。

利用者の視点で言えば、賃料などを考え、もっと幅広い立場の人にフィットする物件を準備するということ。

運用者の視点で言えば、石井さんのような地主ではなくとも参入でき、持続可能かという検証が必要だとも言います。

理念だけが先行するのではなく、ビジネスとしてもきちんと成立させるために、石井さんは試行錯誤を続けています。

辻堂発「古くて新しいコミュニティスタイル」の今後に期待

コロナ禍で地元諏訪神社の例大祭が中止になったため、友人に依頼し、石井家の土地にて夏祭りを3年間開催 画像提供:石井光さん

石井さんは、「地主とは、地域の自然と寄り添った暮らしを広げる“土の人”」だと言います。

そして文字通り、地域の仲間とともに畑や田んぼで土にまみれながら、慣れ親しんだ辻堂の風景・文化を、100年後の未来にまで継承していこうと奮闘しています。

「土地があるならマンションを建てればいい」というありがちな流れにあえて背を向け、土のにおいの残るコミュニティを築いていこうという石井さんの試みは、まだまだ発展途上です。

撮影:TSUCHILL編集部

「今後は“海の時間軸”も盛り込んだ暮らしにしていきたいと思っています。辻堂はもともと半農半漁のエリアでもありますから。

田植え、稲刈りといった『農』の時間軸は暮らしの中に少しずつ入ってきているので、これからは魚の旬なども意識して取り込みたいなと。

最近、江の島の漁港とつながりができたので、海水を汲んでもらって塩を作ってみました。

そういった海の要素も大事にして、辻堂ならではの脈々と続いてきた文化を感じられる暮らしのコミュニティを作っていきたいと思っています。

それと、たとえば地主の長男、長女だけど、相続対策の問題などに不安を感じているような人たちに、今までの経験を共有することをしていけたらいいなとも思います。そうすることで、町に愛のある地主さんが増える可能性もあるので」

画像提供:石井光さん 撮影:奥田正治

辻堂で成長を続ける、手作り感満載のコミュニティが、どんな影響力を発揮していくのか。古くて新しいスタイルを追求する、これからの石井さんの動きから、目が離せません。

「農」×コミュニティの”幸せな関係”についてもっと知りたいなら、この記事もチェック!

溝口敏正

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