暮らしの中に土いじりを。

MAIL MAGAZINE

おすすめ記事・イベント情報など
最新の情報を定期的にお届けします。

※ご登録頂くと、弊社のプライバシーポリシー
メールマガジンの配信に同意したことになります。

定期購読を申し込む

東京の農家を応援すると、都民はもっと食通に?地元の野菜がもたらす暮らしの変化とは

みなさんは、「東京の農業」について、どんなことを知っていますか?「たとえ何も知らなくても、生活に支障はない」。そう思ってはいませんか。では、都会の真ん中で採れた野菜が、新鮮なまま、毎日のように食卓に並ぶ環境を思い浮かべてみてください。日常に大きな変化が訪れる。そんな気がしてきませんか?

取材・文:TSUCHILL編集部

出発点は地元の農家と給食、それを取り巻く人々だった

(画像提供:エマリコくにたち)

たまたま住宅街のはずれに農地を見つけ「ああ、こんなところにも畑があったんだ、珍しい」と思うのが関の山ではないでしょうか。

「大都会」東京の都市部でも、農業は行われています。ただ、東京都民はその事実は知っていても、あらためてその存在感を意識することはほとんどない……というのが現実です。

時代の流れや、繰り返される街の再編に押され、徐々に縮小されてきた東京の「農」。都民の暮らしとの接点が希薄になりつつある中で、その存在意義を見直す動きが生まれています。

では、東京の農業を「見直す」ことで何が起こるのでしょうか。「東京の農業が活性化すれば、都民の暮らしはより豊かになる」。そう考える人たちがいます。

株式会社エマリコくにたちは、東京の農家と東京で暮らす人々の結びつきを強めることで、農業と都民の暮らしの双方を活性化しようというベンチャー企業。

主な事業として、農作物の直売諸事業、卸事業のほか、農体験事業や農業関連企業向けコンサル事業、飲食事業なども手掛けています。

エマリコくにたちが、地元である国立市の駅近くで運営するワインバル「くにたち村酒場」。国立市内、多摩地区で収穫された野菜を使ったメニューを中心に提供する(画像提供:エマリコくにたち)

同社代表の菱沼勇介さんは、かつて地域の活性化を目指すプロジェクトに携わっていたことがあり、当時の経験が「東京の農業」に注目するきっかけになったと言います。

菱沼社長は一橋大学を卒業後、大手デベロッパー勤務などを経て、2010年から国立市を拠点とするNPO法人に参加。2011年にエマリコくにたちを立ち上げた(撮影:TSUCHILL編集部)

「地元の野菜を学校給食に提供するNPO法人に関わっていたのですが、近くで採れた野菜を通じて、地元の農家さんや、地域を元気にしようとする幅広い層の人と繋がることができました。

一方で、子どもたちには地元の文化や「食」について学ぶ機会を提供できるとも感じました。『地域の農業の力を生かす』という切り口に大きな可能性を見出した、ということです。

そういった経験をもとにエマリコくにたちを立ち上げ、東京の『まちなか農業』を次世代に継承し、都民の楽しい食卓をサポートしていくために、いくつかの事業をスタートさせました」(菱沼さん)

菱沼さんは多くの農家と接しながら、東京に住む人々に好影響をもたらしてくれる、都市農業ならではのメリットを模索しました。

現状、地方に比べて農業の存在を身近に感じられない東京だからこそ、農業を通じて得られる恩恵を、新鮮な気持ちで受け入れてもらえると思ったからです。

東京の野菜は美味しい。でもそれは数ある魅力のうちのひとつ

(撮影:TSUCHILL編集部)

では、東京の農業が今よりも活性化することで、都民は具体的にどのようなメリットを享受できるのでしょうか。

菱沼さんは、「まず、美味しい野菜が手軽に手に入るようになる」と言います。

地方から届く野菜だって美味しいはずだ、という声もあるかと思いますが、菱沼さんいわく、東京で採れる野菜には東京野菜ならではの「美味しさ」があるのだそうです。

「東京の農地は狭いところが多いので、大量生産には向きません。その反面、細かいところにまで目が行き届くという利点もあります。

極端な例ではありますが、枝豆のひと粒にいたるまで食べごろをチェックしている農家さんもあるくらいです。また、大量の野菜を一度に収穫するのではなく、育てているすべての株に目を光らせて収穫時期を見極め、個体ごとの『一番美味しいタイミング』を見計らって出荷することも可能です。

さらに、出荷する先は近隣エリアですから、常に鮮度が高い。食べごろのものが、スピーディーに届く。だから美味しいんです」(菱沼さん)

(撮影:TSUCHILL編集部)

美味しい野菜を食べられることの他にも、東京の農業がもたらす利点はいくつもあると、菱沼さんたちは考えています。

たとえば、農地の多面的機能は都市において有効に働きます。時には災害時の避難場所として、時には洪水を防ぐ貯水エリアとして。

もちろん、地方でも同様に機能はしますが、広いオープンスペースの少ない都市においては、より重宝する部分があるでしょう。

また、農業に縁の薄い若年層に向けて、カルチャーや郷土文化の伝承、食育の場として、農作業の現場を役立てることもできるはずです。

これらのメリットを組み合わせていくことで、人と人の繋がりは多様性を帯び、地域社会はより活発になっていく、ということです。

すべては東京の農家と都民の「接点」から始まる

(画像提供:エマリコくにたち)

農業を通じて東京全体を元気にする。その目標を形にするためには、何はなくとも都民の多くが地元で採れた野菜を、好きな時に味わえる環境が必要です。

そして、自分たちの街を舞台とした農業の奥深さと大切さに気付き、その恵みを自分たちの生活に取り込んでいくイメージを持ってもらう。

エマリコくにたちは多彩な事業によって、そのビジョンを実現しようとしています。

たとえば、同社の直売事業の一環として運営する店舗「しゅんかしゅんか」は、毎日自社トラックでピックアップした東京産の野菜を店頭に並べ、都民が新鮮な東京の農産物を気軽に購入できることを目指しています。

駅周辺の立地で展開されているケースが多く、買いに行きやすさを重視しています。

東京産を中心とした多種多様な野菜が並ぶ「しゅんかしゅんか武蔵境店」の店頭。駅に隣接するショッピングビル内という好立地もあり、連日買い物客でにぎわう(撮影:TSUCHILL編集部)

「しゅんかしゅんかには、『地元の野菜が買えるから』『東京の野菜を食べたい』という理由で来て下さるお客様が増えています。少しずつではありますが、『あえて東京の野菜を選んで食べる』という考え方は浸透してきているのかなと」(菱沼さん)

地元産の農作物や、東京農業の現状について学ぶ機会も提供しています。

同社の展開する事業のひとつ「イートローカル探検隊」は、援農体験や農家の見学を通じて、東京で採れる野菜のおいしさを実体験できる場。

農業に興味を持つ人同士のコミュニティとしても機能しています。

しゅんかしゅんかの店内ではミニショップを展開することも。この日は東久留米市の奈良山園のおふたりが、自家製のジャムを試食販売。地元農家との連携も、東京農業活性化を促す大切な要素(撮影:TSUCHILL編集部)

エマリコくにたちはその他にも親子向けの収穫体験イベントや、農家の仕事体験教室、地元産の食材をメインに提供する飲食店などを運営しています。

東京の農業への興味や関心を、実際に土や野菜に触れたり、味わってもらったりすることで高めていく数々の試みは好評。エマリコくにたちの「接点」づくりは非常に活発です。

エマリコくにたちが展開する数々の農業体験イベントは、都民の日常に楽しみや充実感をもたらすと同時に、東京の農業への理解を深めるきっかけにもなっている(画像提供:エマリコくにたち)

野菜を口にすることを含めた身近な「農」体験は、これまで農業とは縁遠かった都会の住民に、さまざまな好影響を生み出す可能性を秘めています。

もちろんそれは、地元で採れる野菜の新鮮さや美味しさをあらためて理解し、こだわりを持って食卓に取り入れていくといった「都民の食に対する意識の向上」だけにとどまりません。家庭菜園や園芸といった趣味を始めて充実感を得る人や、真剣に就農を考える次世代が増加したりする可能性もあるでしょう。

幅広い「農」体験をきっかけに、農家を中心とした地域コミュニティの活性化が起こることもあるでしょう。恩恵を楽しむ人々が農家の活動を応援し、農家がそれに答えるという好循環が生まれることにも繋がります。

都民が後押しすればするほど「地元の農家」のブランドは高まっていく

(画像提供:エマリコくにたち)

では、実際に作物を育て、提供する側の農家は、活性化のためにどのような動きをすることになるのでしょうか。

菱沼さんは、東京の農家の特徴として、「モチベーションの高さ」と「こだわりの強さ」を挙げます。

「そもそも、農業を続けていくうえで決して有利とはいえない東京で、あえて挑戦している農家さんは、その時点で東京の農業の可能性を信じている人たち。

非常に高いモチベーションを持っていると言えるでしょう。また、産地としてそれほど知名度の高くない東京の農家として生き残っていくために、外国産の珍しい品種を試したり、積極的に独自農法を試したりする人もいます。

そういった意味で、東京の農家さんは試行錯誤しながらこだわりとプライドを持って農業に携わられていると思っています」

収穫物をそのまま市場に流すだけでなく、加工したり、ブランディングしたりと工夫を施していくことも、幅広い認知を得るうえでは不可欠になる(撮影:TSUCHILL編集部)

小規模ながら、独自性を重視して個性的な農業を試みる東京の農家の努力を、多くの都民に知ってもらいたい。

そして、身近な仲間である彼らを、都民全員で後押ししていきたいというのも、菱沼さんをはじめとするエマリコくにたちの思いのひとつです。

「たとえばブランディングの強化であったり、販路の拡大であったり、農家さんの側に寄り添ったサポートも進めていきたいと思っています。

当社が『しゅんかしゅんか』の運営や卸事業の展開によって販路を確保しているのも、その考えがあるからです。農家さんたちのメリットが薄ければ、農家さんはモチベーションを維持できません。

きちんと『個々の農家が儲かる』仕組み作りをしていかないと東京の農業は成立しないんです。だから、お客様には気軽に買ってほしいけれども、価格帯を安くすればいいというものでもない。

バランスを考えながら、最良の形で『東京の地産地消』に貢献していきたいと思います」(菱沼さん)

エマリコくにたちがプロデュースを担当する「東京農村」は、飲食店、シェアオフィス、シェアスタジオを兼ね備えた施設。東京農業の関係者が集い、情報発信拠点として活用されることを目指している(撮影:TSUCHILL編集部)

エマリコくにたちは現在、約150軒にも上る都内の農家のネットワークを保有し、ニーズやトレンドを共有しています。

また、赤坂にある東京農業の情報発信施設「東京農村」の監修も担当。プロの視点で必要な情報を収集、発信しながら、東京に根付く農家が前向きに発展していくことを後押ししています。

魅力は無限にある。東京ならではの食卓が、暮らしを変える第一歩に

(画像提供:エマリコくにたち)

「東京の農業は『十人十色』なんです。地方に比べて大規模な共同生産、共同出荷の縛りが緩い分、各農家ごとの野菜のバリエーションを楽しめるのもいいところですよね。

そういったちょっとした面白さをきっかけに、東京農業の奥深さにハマっていただければ」(菱沼さん)

地元産の野菜を使って食卓に変化をもたらすことを皮切りに、東京ならではの「農」を通じた豊かな暮らしを演出していく。

その方向性は、世界的な環境意識の高まりや、アウトドア好きの増加といった現象とも好相性です。

実際、エマリコくにたちをはじめとする農業関連企業の後押しや、独自のブランディングを進める農家の努力のかいもあって、東京の農業は徐々に変化しつつあります。

(撮影:TSUCHILL編集部)

東京に暮らす人々が得られるのは、美味しい野菜と、癒やしに満ちた「農」のある日常、年齢層や職業の垣根を超えた地元の人同士の繋がり、そして郷土愛。

東京農業の底力と、これから切り拓く未来に、要注目です。

TSUCHILL編集部

暮らしの中に土いじりを。 家庭菜園や農作業を趣味として楽しむライフスタイルメディア「TSUCHILL」。
土いじりの”たのしみ”を拡張し、もっと広く深く愛されるカルチャーに。 #ツチる

RANKING

今、もっとも読まれている記事