暮らしの中に土いじりを。

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土との触れ合いが心を健康にする。有機的に繋がる「農」と日常

無心で土と触れ合うことのメリットはいくつもあります。童心に還ることもできますし、極上の癒やしを得ることもできます。

その積み重ねは楽しい趣味として成立することもあれば、時に、人生を立て直してくれたりもするのです。ひとりのアーティストが崩れかけたメンタルを立て直し、幸せな日常を手に入れたのも、土と戯れる時間のおかげでした。

Text:溝口敏正

朝起きて、畑に行くことが日常になったアーティスト

撮影:TSUCHILL編集部

自然との触れ合いによってインスピレーションを受け、多彩な作品を生み出すアーティスト、宮崎栞奈(みやざきかんな)さんの日常には、畑の手入れを通じて土と戯れる時間が欠かせません。

自転車に跨って颯爽と畑を訪れる宮崎さんは、まず路肩に設けられた柵に腰を下ろし、自分の畑を見渡します。

撮影:TSUCHILL編集部

「まずは、どんな流れで作業をするかを考えるんです。ぼんやり畑を眺めながら、自分のスイッチを入れる感じ。やるべきことは、前日のうちにノートに書き留めています」

農作業の予定を書き込んだノートには、天候の状況や、作業中に気付いたこと、学んだことが書き足されていきます。

撮影:TSUCHILL編集部

「子どもがまだ小さいので、自由になる時間が少ないんですね。だから、その日に畑でやることを前もってきっちり決めて、効率よくやろうと思ってノートを書き始めたんです。

そのうち作業内容や気づいたことを書き足すようにもなったので、過去にどんな作業をしたのか振り返ることもできます。ノートの重要性がどんどん増しています。

これとは別に、日記や子育てで気づいたことを書き留めておくノートもあるんです。私、書くのが大好きなので、同時に5冊のノートをつけています」

宮崎さんの畑での経験は「野菜ノート」に残され、書き溜めた”気づき”は毎日の生活と密接にリンクし、アーティストとしての作品作りにも影響を及ぼしているようです。

幼少期に育んだ感性が、時を経て「農✕アート」に結びついた

撮影:TSUCHILL編集部

宮崎さんは、埼玉県の自然豊かなエリアにある、都会の喧騒とは無縁の町で生まれ育ちました。

通っていた保育園は、裸足で園庭を走り回ることを推奨するような“自然派”なポリシーを持っていたこともあり、幼い頃の宮崎さんは毎日泥だけになりながら元気いっぱい遊んでいたと言います。

「お昼寝の時間が嫌いだったから、教室を抜け出して園内の畑の野菜を食べて、怒られたこともありました(笑)。自然が大好きになったルーツは、そんな幼少期の体験が大きいと思います」

撮影:TSUCHILL編集部

両親はともに服飾デザイナー。宮崎さんは家にあった布やボタンを使って工作を楽しんだり、気ままに絵を描いたりと、家に居ながらにしてクリエイティブな感性を磨く機会にも恵まれていました。

「母は廃材を使って家具を作ったりもする人でしたから、それを真似て私も、いつも何かを作っていましたね。

音楽好きの父からはギターを教わりました。常に絵やデザインに囲まれて過ごしていましたから、今の私がアートを手掛けているのも自然な流れかなと思います。

ただ、『将来はアートの道に進もう』と強く意識していたことはなくて、むしろほかの世界を知らなかったし、興味もなかった、というのが正解かもしれません」

画像提供:宮崎栞奈さん

自然の中で遊び、モノを作り表現することに喜びを見出していた宮崎さんは、幼少期に育んだ感性をしっかりと携えたまま成長し、アーティストとしてのスタイルを確立していったと言っても過言ではないようです。

悩みや迷いを吹っ切るきっかけになった「農」との出会い

撮影:TSUCHILL編集部

専門学校を卒業し、本格的に創作活動を始めた宮崎さんは、結婚を機に神奈川県の湘南エリアにある小さな町に居を構えました。

生まれ故郷同様、自然に囲まれたのどかな場所です。そこに身を置き、海や山を眺めることで創作意欲がさらに向上……するかと思いきや、宮崎さんは深刻な問題を抱えてしまいます。

「知り合いがいない環境で子育てに翻弄されているうちに、不安や迷いや、いろいろなことが原因で鬱病になってしまって……。

娘を保育園に入れるのにパートをする必要があったので、コンビニで働いたんですが、馴れない仕事でストレスが溜まったりもして。精神的にキツい時期でしたね」

思うようにいかない憂鬱な日々を送っていた宮崎さんでしたが、コンビニ仕事の合間に、復調のきっかけを掴みます。

それは同時に、農業の世界に足を踏み入れるきっかけにもなりました。当時働いてた店舗の隣りにあった農園の代表との出会いが、宮崎さんの人生を、大きく変えることになったのです。

画像提供:宮崎栞奈さん

「『にこにこ農園』っていうんですけど、その代表の井上さんという方に声をかけてもらって仲良くなったんですね。

次第に子育てのことや、鬱のことも含めて話を聞いてもらうようになり、そのうちに農作業も手伝うようになって、どんどんのめり込んでいったという感じです」

それまで特に「農業」というもの自体に興味を抱いていなかった宮崎さんですが、農園の代表とのつながりから農業研修を受けることに。

自然と戯れるのが好きな宮崎さんでしたが、未経験の農作業をこなすのは簡単ではありませんでした。ただ、幼少期の頃のように土まみれになって体を動かしているうちに、徐々にメンタルが癒やされていくのを感じられたそうです。

撮影:TSUCHILL編集部

「保育園の頃に自然の中で遊んでいたのは、やっぱり正しかったんだなと実感しました。もちろん当時は『癒やされる』と思っていたわけではありませんけど。

大人でも子どもでも、土を触っていると、ポジティブな気持ちになれるんですよね。農園には、私と同じような悩みを抱えていたり、同じような考えを持った人もいて、そういう人たちと話せたのも大きかったと思います。土いじりをする仲間と、いろいろなことを共有できて、いい経験になりました」

野菜を育てるというより、土を育てる。微生物とも仲良くしたい

撮影:TSUCHILL編集部

にこにこ農園で得た経験を生かすために、宮崎さんは自宅からほど近い場所に畑を借り、自分自身の手で野菜を作ることを決意します。

兼業農家になるとか、副業を始めるとか、そんな打算は一切なく、ただ、土と戯れる機会を増やしたいという思いが原動力になりました。

「野菜を育てているというよりは、土を育てているという感覚が強いかもしれないですね。土の中の微生物と仲良くしながら、自然環境を整えているというか。

にこにこ農園にいた時に環境や食物連鎖の大切さをあらためて学んできたので、その信念に沿って農作業をしているつもりです」

撮影:TSUCHILL編集部

毎日畑に出て、近隣の農家の方ともコミュニケーションを取り、プロの教えを受けながら、宮崎さんは少しずつ農作業に必要な知識や技術を蓄積しています。

「野菜の種は、自然農法で野菜を育てている近くの畑の人から買ったりしています。収穫した野菜の一部は、スムージーのお店に卸したりもしてますが、基本的に自分たちで消費しています」

撮影:TSUCHILL編集部

畑で採れた野菜で食事を作り、生ごみが出たらコンポストで堆肥化し、また畑に戻す。自宅では苗を育て、ある程度まで成長したら畑に植える。

宮崎さんは畑での農作業だけでなく、サステナビリティを考えた暮らしを作り上げることにも心を配り、「農」との向き合い方を日々アップデートし続けています。

撮影:TSUCHILL編集部

「やりたいことも、やるべきこともたくさんあります。野菜を育てるのは楽しいですし、自分で作った野菜で料理をするのも楽しい。

いずれは、飲食店のメニュー開発やプロデュースにもつなげてみたいです。ビジネスではなく、あくまでも趣味として、普段の暮らしの一部として……。それが『普通のこと』になったらいいなって」

撮影:TSUCHILL編集部

宮崎さんは、かつてメンタルクライシスに苦しんでいた自分を救ってくれた「土いじり」を、もっと多くの人に経験してほしい、そこから得られるものを共有したいと考えています。

日々畑の手入れをし、環境を整えているのは、その準備の一部のようです。

「私が畑を始めた理由のひとつに、『場づくり』をしたかったという思いもあるんです。この畑に、私と同じ悩みを持った人に来てもらって、農作業を通じて癒やされてほしいんです。

この畑を、ただの畑ではなく、人が集える場にできればいいなと思っています」

「農」のある日常が、創作意欲をさらに掻き立てていく

撮影:TSUCHILL編集部

アーティストとしての宮崎さんは、個展を開いたり、イベントでアートパフォーマンスを披露したりと、クリエイティブな活動を継続しています。

宮崎さんの作品は、自然、日々の幸せなどを表現しつつ、環境問題や社会問題に対する思いも反映されていると言います。

今後も、「農」と向き合い、自然と触れ合いながら、宮崎さんの活動の幅はどんどんと広がっていくことでしょう。

画像提供:宮崎栞奈さん

「畑から得られるものは大きいですけど、近くには海もありますからね。

私は砂浜を清掃するビーチクリーンの活動にも参加していて、集めたカラフルなプラスチックゴミで作品を作ったり、アートのワークショップを開いたりもしています。

畑での農作業に加え、ビーチクリーンの活動などもあわせ、トータルで環境問題を考えつつ、自分の作品からメッセージを発信できればいいなと思っています」

画像提供:宮崎栞奈さん

自然とのふれ合いや日々の農作業から受ける刺激、収穫のよろこび、そして、環境維持活動。日常と密接にリンクしたさまざま題材が、アーティスト宮崎栞奈の創作意欲を掻き立てていることは間違いないようです。


「農」がもたらす日常の癒やしについてもっと知りたいなら、この記事チェック!

溝口 敏正

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