他人の庭先の”果実採れ過ぎ問題”を解消したら、地域が活性化し始めた?
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住宅地を歩いていると、果樹の庭木が思いのほか多いのに気づくことがあります。ミカンや柿、柚子にレモン、かわいらしい花を楽しめる梅の木も果樹です。実った果実は、その家庭でおいしく消費されるはずですが、食べきれない分はどうなるのでしょうか。「せっかく実を結んだ果実を、無駄にしたくない」。美しい自然に囲まれた湘南エリアに居を構えながら、そんな思いをカタチにした人がいます。
Text:溝口敏正
おいしそう!その衝動が斬新なプロジェクトを生み出した
宮城県の自然豊かな場所で生まれ育った齋藤佳太郎さんにとって、軒先にたわわに実った果実を見かけるのは、ごく日常のこと。
少年時代は、当たり前のように木に登って実った果物を食べていたそうです。
斎藤さんの中に、その思い出が強く残っていたわけではなかったものの、東日本大震災をきっかけに東京に移り住んだ際に見かけた、都心の住宅地の果樹には、ちょっとした違和感を覚えたと言います。
「東北から東京に出てきたばかりの頃、近所のお宅の庭先に大きなミカンがなっているのを見て、単純に『おいしそうだな、食べたいな』と思ったんです(笑)。
でも、しばらくしてから同じところを通りかかったら、その実が落ちてしまっていたんですね。『ああ、もったいないな』と思うじゃないですか。
もちろん、食べきれない量の実がなることもあるし、このご時世、近所に配ったりするのにも限界があるというのは理解しています。ただ、『なんとかならないかな』と。
僕と同じ感覚の人がいるんじゃないかなとも思いました」
実際に都心の民家の庭に実った果実を口にしたこともある齋藤さんは、売り物と遜色ないそのおいしさも体感していました。
一方で、その味わいを知る人が少ないまま、せっかく実った軒先の果物の大部分が無駄になっているという現実がある。
齋藤さんは、放置されがちなこの瑞々しい“資源”を有効活用しない手はないと、アクションを起こすことにしました。
果樹を活かすだけじゃない。その先にある壮大な理想とは
「もったいない」という思いと、「食べきれない」という現実を最善の形でマッチングさせる。それが齋藤さんが思い立ったプロジェクトの骨子でした。
実ったものの、消費されずに朽ちてしまう家庭の果樹の余剰分を譲り受け、そのまま、あるいは加工を施すことで有効活用する。
そんな「湘南のきさきフルーツプロジェクト」は、公益財団法人トヨタ財が取材する、2023年度 国内助成プログラムのひとつにも採択されました。
一般家庭のみなさんが育てた果樹の実りを、無駄なく活用する。それだけでもグッドアイデアに違いありませんが、このプロジェクトには、もうひとつ大切なコンセプトがあります。
それは、軒先の実りを収穫・活用する流れの中で「人と人とのつながり」ひいては「地域の活性化」や「助け合い精神の根付いた地域基盤づくり」に繋げていくということです。
「庭に実る果物をおいしくいただく」という考えは、それを味わってきた齋藤さんの幼少期の経験がベースですが、近隣住民のつながりを強めたいという思いもまた、齋藤さんの実体験から生まれたものでした。
「きっかけは、東日本大震災です。当時僕は東北に住んでいて被災しました。あの時ほど、身近な人とのつながりの大切さを実感したことはありません。
地震が起きた直後は、いろいろな人と助け合いながら、危機を乗り越えようとしていたと思います。ただ、その前からもっと周囲との関係性ができていればできることもあったんじゃないかと思うんです。
そんなことを思いながらこっちに引っ越してきて、軒先の果物が収穫されないまま放置されている現状に、地域の繋がりの希薄さを感じたんです。
人間って助け合うべきだとわかっていても、知らない人には優しくしづらい、知らない人に“借り”を作りたくない。
そういう部分はどうしてもある。だったら、それぞれのペースでゆるやかに『知り合い』になっていけばいいんじゃないか、と思いました」
震災後に東京に移り住み、さらに湘南に移住した齋藤さんは、新型コロナ禍を経験したことで、地域内でのコミュニケーション、人的ネットワークの大切さを、あらためて感じたと言います。
「コロナの時は、ひとり暮らしのお年寄りってどうしているんだろう、と考えていました。
防災、防犯、空き家問題をはじめとする地域課題の解決を考えながら、住みやすい街を作っていくうえでは、住民同士のコミュニケーションが不可欠ですよね。
『湘南のきさきフルーツプロジェクト』は、まさにその交流のきっかけになり得ると思うんです」
一石二鳥どころか、三鳥、四鳥。多くのメリットを提供する
庭に立派な果樹があるご家庭に声をかける。収穫の手伝いをする。近隣住民を集めて、収穫した果物を素材にしたジャム作りなどのワークショップを開く。
素材を提供してくれた果樹のオーナーに、加工品をフィードバックする。さらには、飲食店に収穫物を提供したり、共同で商品開発を手掛けたりもする。
「やれることはたくさんあるんです」と、齋藤さんは言います。
「庭で採れる果物はほとんどの場合、無農薬で育てられます。しかも、出所もはっきりしてるわけですから、安心ですよね。
ワークショップでは主に、ジャムやドライフルーツを作っていますが、年配の方が伝統的な調理法や食べ方を教えてくださったりもするんです」
「素材を提供してくださったオーナー様をワークショップに招待すると、とても喜んでもらえます。
おいしく消費するだけではなくて、食の健康を考えるきっかけになったり、伝統的な食文化を知るきっかけにもなりますよね。
それだけにとどまらず、やりがいや生きがいにもなってほしい。メリットがどんどん広がってくれればいいですね」
プロジェクトメンバーだけで作業をこなせない時、齋藤さんは近隣在住の専門家にサポート依頼し、円滑で安全な進め方を模索したりもするそうです。
それによって、チームを取り巻く人的ネットワークも深く、強固なものになっていきます。
「たとえば商品開発にかかわるなら、製造許可や流通に詳しい方にに相談したりしますね。
ほかにも、活動の安全面とか、組織運営にかんすることも、専門家に聞くと解決が早いですよね。
コアメンバー自体は多くはないのですが、一緒に動いてくれる人や助言をくださる人はたくさんいる。これも、地域活性化のひとつの形かなと思います」
お年寄りから子どもまで。世代を超えた交流を生み出す原動力に
「湘南のきさきフルーツプロジェクト」は、たくさんの人たちとの交流なくしては成立しません。齋藤さんたちの活動は、口コミによって少しずつ地域内に広がり、さらにコミュニケーションの輪が大きくなりつつあるそうです。
「果樹のオーナー様から、ご近所に住む別のオーナー様を紹介していただいたりもしますね。
『また来年もお願いね』と言われることもあります。なかなか言葉を交わすことのない方々と、果樹や果物をきっかけに交流を持つことで、つながりの第一歩を作れていると思います」
コミュニケーションの広がりは、「プロジェクトメンバー 対 地域住民」という構図を飛び越えつつあります。
斎藤さんは「活動の認知度が高まるにつれて、地域住民同士が直接触れ合う機会も増えている」と言います。
「地域の小学校が、僕たちのプロジェクトを授業で取り上げてくれたことがあったんです。授業の中で『自分たちにも何かできることがあるんじゃないか?』と話し合ったりもしてくれたみたいで。
結果、小学生たちが、近隣の果樹のあるお宅をマッピングして、そこに「収穫させてください」って交渉に行ってくれたんですよ」
世代を超え、年配の方々と小学生たちが交流する。それは素晴らしい出来事でした。自発的に住民同士が接するという光景に、齋藤さんは言いようのない嬉しさと充実感を覚えたと言います。
「ある時は、収穫をさせていただいたオーナー様が所有する畑で『子どもたちに芋掘りをさせたい。焼き芋を食べさせてあげたい』と申し出てくださってそれを仲介をしたこともありました。
果物を収穫させてもらうことだけにとどまらず、オーナー様の要望を伺ったり、相談に乗らせていただいたりするのも、僕らの役割かなと思っています」
「楽しそう」「おいしそう」というキーワードのもと、誰もが参加できるプロジェクトに
齋藤さんのプロジェクトは、古くて新しい、人と人とのつながりを重視したコミュニティづくりを後押しする存在になりつつあります。
「日本の四季に合わせた旬のフルーツを、もっと身近においしく楽しんでいただきたい。その思いが自分たちの出発点です。
そして、そこから生まれる幅広い人間関係が、より暮らしやすい街づくりに繋がっていけばいいなと願って活動を続けています」
人と人がつながることこそ、地域の課題を解決するきっかけになるはず。
齋藤さんの信念は、活発なコミュニケーションを生み出し、いざというときの助け合いを育むことになります。
「プロジェクト自体が大きくなっていくのはいいことです。ただ、参加のハードルは下げられるだけ下げたいと思っています。
『楽しそう』『おいしそう』が参加動機で十分なんです。プロジェクトへの距離感はできるだけ近いほうがいいですから。
僕たちもその意識を忘れず、今後もたくさんの人を巻き込んでいくつもりです」