土いじりは人の生き方を変える。若き起業家が見つけた、穏やかなライフスタイルとは
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多彩な事業を展開する、新進気鋭の女性起業家。そう聞くと、最先端のオフィスで辣腕を振るうビジネスウーマンの姿を想像しがちですが、竹中南風(たけなか・みなみ)さんのビジネススタイルはひと味違います。日常的に野菜を育てつつ、案件や課題にじっくりと取り組む姿勢から漂うのは、穏やかさと余裕。そんな竹中さんの仕事への取り組み方の背景には、土いじりからの恩恵が垣間見えます。
Text:溝口敏正
趣味で始めた家庭菜園が、メンタリティを変えるきっかけに
土いじりをしてみよう。竹中さんがそう思ったのは、コロナ禍で外出もままならなくなったことがきっかけでした。
幼少期に祖母からもらった鉢植えを育てていた経験があったものの、特に「農」の世界に強い興味があったわけではありませんでしたが、家にいる時間を友好的に使う手段のひとつとして何気なく家庭菜園を始めたことで、その魅力に少しずつ惹かれていったようです。
「大学を卒業して上京したころは、部屋にサボテンがひとつ置いてあったくらい。ただ、もともと自然は好きでしたし、遊びに行くならテーマパークに行くよりは、山に行きたい……みたいなところはあったと思います。
そもそも、関西から出てきて、人付き合いの仕方も変わって、友達と頻繁に出かけるようなことも少なくなっていたので、より充実した時間を過ごすにはどうしたらいいか考えていました。何をしたら穏やかに過ごせるのかな、と思っていたんです」
集合住宅のバルコニー部分を活用した家庭菜園は、まるで露地の畑のように緑が広がっています。片隅には、手製の温室まで。野菜の栽培の仕方は、ネットで動画やSNSを見ながら学んだそうです。
「いきなり大きく始めるつもりはなかったので、最初はトマト、次にナス、という感じで、野菜を中心に少しずつ始めてみました。
トマト実が赤くなるタイミングがそれぞれ違ったり、ナスの実の大きさの違いが顕著だったり、『こんなに個体差があるのか!』とびっくりした思い出があります。それくらい素人だったんです(笑)」
一筋縄ではいかない家庭菜園のむずかしさが、竹中さんの“やる気”に火を付けたようです。
家庭菜園の収穫がライフスタイルそのものを“進化”させる
竹中さんが育てているのは、基本的に「実がなるもの」。つまり、ただ植物を育てるだけではなく、実を収穫し、食材となるものがほとんど。
パセリやコリアンダーといったハーブ類や、ブルーベリーやラズベリーまで。いずれの収穫物も、竹中さんの手で調理され、食卓に上ると言います。
「もともと料理が好きなので、バルコニーで食材が採れるというのは嬉しいです。メニューの幅も広がるし、いろいろ挑戦したくなるんです。
最近は「せいろ」を使って、野菜のせいろ蒸しを作るようになりました。ナチュラルな素材の味だけでこんなに美味しいなんて!と、思いましたね。
家庭菜園を始めてから、生活のあちこちに変化が生まれ始めた気がします」
竹中さんは、自身が栽培する野菜を中心にして、その周辺情報にも興味が生まれ、視野が広がったと感じているそうです。
「野菜を育てて、時には悪戦苦闘していく中で、プロとしてやっている農家の方々の偉大さがが分かってきました。簡単にお米が手に入ることがどれだけすごいことなのか、といったことに気付けました。
それ以外にも、健康のこと、農薬のこと、ヴィーガンの考え方、そういったことにまで興味が広がっています」
趣味の一環として始めた家庭菜園が、竹中さんの思考や、人生そのものにまで、影響を与えつつあります。そして、それによって自分に起こる変化を、竹中さんは存分に楽しんでいます。
ビジネスとの向き合い方までも変えていく、土との触れ合い
4年ほど勤めたウエディング関連の会社から独立し、リユースのウエディング衣装レンタルサービスという斬新な事業をスタートさせた竹中さんは、実業家としてのキャリアを着実に固めている真っ最中。
2024年には鎌倉にカフェをオープンするなど、その活動は勢いを増しています。
若きアントレプレナーとして、新しいビジネスを組み立てていくのは簡単なことではありません。ストレスやプレッシャーに押しつぶされそうになることもあるでしょう。
そんな中でも竹中さんは、土に触れ、植物を育てる日常が、心の安定はもちろん、ビジネスを進めていくためのメンタリティを形成するうえで、大いに役立っていると言います。
「たとえばですけど、チームをマネジメントしていて、ある意味メンバーたちの成長を促さなくてはならない局面があったとして、それがなかなかうまくいかなかったとします。でも、個人の成長速度や理解のスピードはバラバラで当たり前。だから、個々に対する働きかけを変えていけばいい。
そう考えられるようになったのも、家庭菜園をやっていることで自分の中の物差しが変わってきたせいかなと。他人との向き合い方は、確実に変化している気がします」
野菜を育てる作業は、トライ&エラーの連続。さらに、成長を長い目で見守るための時間軸、失敗と成功に一喜一憂しない度量も必要です。その経験を生かしながら、竹中さんは常に自分のビジネススタイルを進化させているようです。
「難しい状況に直面しても、『こうしたらどうだろう』『こっちの方法を試してみよう』と、柔軟に判断できるようになっているかもしれません。昔よりも“穏やかに”考えられるというか……。そういう部分は大きく変わったと思います」
マネジメントをしていく過程で、「植物を育てること」を勧めることもあると、竹中さんは笑います。
「植物をプレゼントして、育ててみて、と勧めることはありますね。家に“気にかけてあげるべき対象”があるだけで、人は変わると思うんです。そういう成長の仕方もありかなと。
お子さんがいらっしゃるママって、強いってイメージがあるじゃないですか。子育てと似たことが起こるのかもしれないですね」
野菜作りで身に付いた“時間軸”も、事業コンセプトとリンクする
2024年の3月にオープンしたカフェ「CYAN KAMAKURA(シアン カマクラ)」は、古民家をリノベーションしたオシャレな建物で、竹中さんが手掛けるいくつかの事業の拠点としても機能しているそうです。
「自然に近いエリアの物件を選んだのは、正解だったと思います。起業した時に、都会にオフィスを設けることも考えたのですが、できれば自然を眺めながら通勤したいという思いがあったので、今の物件を選んだんです。敷地内にはミカンや柚子の木もあって、ちゃんと実もなるんですよ」
起業した当時から、竹中さんは「自然を大切にする」という理念を持っていたそうです。
山や川、緑の木々といった”自然”はもちろんですが、”自然体”でナチュラルに生きるという意味も含め、”自然”というキーワードを重視してきたと言います。
「ゴリゴリとがんばって会社を大きくしていくという方法もあっていいと思います。ただ私は、流れの中で自然に会社が大きくなっていくという形がいいなと考えていて。その考えを事業のベースにしているというところがあります。
だから拠点も鎌倉ににしてよかったんだなと、今では思っています。古くからそこにあるミカンや柚子の木を見ながら、一緒に、ゆっくりと成長して、歴史を作っているという感覚になります。
これも家庭菜園をはじめて、穏やかに、ナチュラルに流れる時間を意識するようになったからなんでしょうね」
野菜作りは「国づくり」!?やりがい満載の日常は続いていく
バルコニーで野菜を育てるだけにとどまらず、竹中さんは鎌倉の拠点でもトマトやナスの栽培を始めました。いずれはそこでの収穫をビジネスにリンクさせたいという考えもあるようです。
「カフェに併設されているギャラリーは、もともと書庫だった場所を改装して作りました。その時に使わなくなった木製の書棚を素材にして、プランターを作ったんです。そこで野菜を育てています。
カフェではフードも出していますし、ウェディング事業の流れの中でケータリングもやっていますから、いずれは少しずつ、自分たちで育てた野菜をそこで使えるようになればいいなと思っています」
最近では、カフェの店内に飾っていたコウモリランを「買いたい」というお客様がいたことがきっかけで、植物の販売サービスを始めたとのこと。趣味としての土いじりで養った感覚と、自然豊かな鎌倉で展開する事業は、多様な形で結びつきながら、竹中さんの生き方に影響を与えています。
「鎌倉で育てている野菜って、自宅のある平塚で育てている野菜と比べると、伸び方も実の大きさも格段に良いんです。やっぱり土が違うんだろうなと思うんですが、そういう発見のひとつひとつが楽しいです。
それに、畑を作って野菜を育てていると、自分の”国”を作っているような感覚が生まれるんですよね(笑)。”国”を作ってきちんと管理していくことに生きがいを感じるというか。本当に楽しいです。だからこそ、この感覚をたくさんの人に味わってもらいたいと、素直に思います」