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新品種の開発に数十年?ベランダで品種改良は可能?専門家に聞いた、奥深き“品種改良”の世界

趣味としての農業に興味津々♪ そんなあなたに耳打ちしたい「ココだけの話」をお届けするこのコーナー。今回は、農業の世界を着実に進化させる試み「品種改良」にまつわるお話。新しい品種を生み出すお仕事の裏側を、品種改良のスペシャリストである種苗メーカーのみなさんにお伺いしました!

Illustration:あおむろひろゆき / Text:TSUCHILL編集部


協力してくれたのは…
トキタ種苗株式会社

大正6年創業の老舗種苗メーカー。日本で最初期のミニトマト「サンチェリー」、世界初の実用バイオ野菜「千宝菜」など、エポックメイキングな品種を数多く開発してきた、品種改良のスペシャリスト的存在。2009年からは、イタリア野菜を日本の気候に合わせて品種改良し、定着させていく試み「グスト イタリア」プロジェクトを展開中。今回は、中村晋也さん(左・開発普及室)と飯岡真司さん(右・育種開発グループ)にお話を聞いた。


【品種改良の雑学1】新品種のニーズは生産者や消費者で微妙に異なる

なぜ、品種の改良が必要なのか。それは、「こんな野菜が欲しい!」という人々の声があるからです。

まず、作物を育てる農家のニーズに注目すると「病気や害虫に強いもの」「暑さ、寒さに強いもの」「手を掛けずともよく育ち、大量に収穫できるもの」……最近では「ゲリラ豪雨に強いもの」といった要望があるようです。

一方で、飲食店の経営者やシェフは、「可食部の多いもの」「味や見た目が作りたい料理のイメージに合うもの」を求めています。また、毎日のように野菜を買う消費者は常に「より美味しい」「より栄養価の高い」野菜を望んでいます。

とはいえ、こういった多彩なニーズのベースには、共通する思想があります。それは「儲かるかどうか」です。

農家は、無駄なく、効率よく生産してコストパフォーマンスを上げたい。飲食店は、売れる人気メニューを生み出したい。消費者は、安く、おトクにおいしい野菜を手に入れたい。

品種改良は、「経済効果」を着実に後押しする行為だと言っても過言ではないのです。

各方面からのニーズにまんべんなく応えられれば、それは「儲かる品種」になり得ます。カッコよくて、芝居ができて、歌も上手くて、誠実な菅田将暉がモテるのと同じ原理。

【品種改良の雑学2】新しい品種が生まれるまでに、時には数十年かかる

「こんな品種を作ろう!」と方針が決まったとしても、残念ながらすぐに結果が出ることはありません。基本的に品種改良は、作り出したい品種のイメージに近い性質を持つ株を選び出し、それを交配させながら進めていきます。

たとえば、甘い実を付けているトマトの株同士を掛け合わせ、「より甘いトマト」が生まれることを目指す、といった具合です。しかし、計画通りに事が運ぶとは限りません。

ただでさえ、野菜を育てるのには時間がかかります。そのうえで何代にもわたって、交配を重ねていくわけですから、気づいたら10年以上経っていたということもザラにあります。

ですから種苗メーカーは、常に何十もの品種改良プロジェクトを走らせています

近年では技術の進化にともない、遺伝子に直接働きかけて比較的早く品種を改良する手法も試されていますが、万能ではありません。

いまだ「必要なのは根気と幸運」という側面もあります。そんなわけで、品種改良の担当者は、今日も粘り強く仕事に取り組んでいるというわけです。

品種改良に携わる方々は、来たるべき未来に備えて開発を続けているはず。いつか宇宙人が飛来し、地球人と食卓を囲む未来を見越したキャッチーな品種の追究もそのうち始まるのかしら…なんていう妄想も、するだけなら自由です。

【品種改良の雑学3】「新しい品種」は全国的に見れば年間1000種類以上生まれている

前述の通り、品種改良にはとても手間と時間がかかります。だからこそ、新しい品種はそう簡単に生まれることはないように思われるかもしれません。

でも実際は、毎年たくさんの新品種が生まれていたりもします

たとえば、野菜や穀類などは、実に100種類以上。草花や観賞樹、材木用の樹木といったものまですべて含めれば、1000種類近くの新品種が、毎年のように生まれ、登録されているのです。

もちろん、既存品種の部分的改良や、結果として市場であまり評価されないものも含まれますが、毎年誕生する新たな品種が、未来の定番品種のベースになることもあります。

だからこそ、品種改良は続いていくのです。

ライバルが多すぎると「誰も見たことのないスゴい品種を!」という思いが過熱するかも。いっそのこと、「トマト味のピーマン」とか「絶対に皮がむけない大根」とか、唯一無二の品種を目指してみても…いいわけがありませんね。

【品種改良の雑学4】一代限りでその特長を失ってしまう品種がある

品種改良を進めた結果、狙った特長を持った「新品種」が完成したとします。

では、その新品種を育て、タネを採れば、同じ特徴を持った野菜を延々と作り続けられるのかと言えば、そうとも限りません。

農業の世界で主流になりつつある「F1品種(えふわんひんしゅ)」は、2つの異なる系統の野菜を掛け合わせ「両方のいいところ」を兼ね備えたうえに、生育が早く粒ぞろい、という夢のような品種。

異なる系統を掛け合わせた、いわゆる「雑種」が、一代に限って親よりも優れた特徴を持ちやすい特性を生かした品種改良の手法の成果です。

ただし、「F1品種」として結実した素晴らしい特長は、一代限りで途絶えてしまい、その子孫が同じ特長をキープすることはできません

事実、F1品種のタネを採り、それを育てると優秀な品種の子孫とは思えないほど不揃いで、親とは似ても似つかないものに育ちます

品種改良担当者は、長い時間と試行錯誤を経て、たとえば「甘い」「柔らかい」「病気に強い」といった特長を持つ系統を2つ作り、最終的にそれを掛け合わせてF1品種を完成させます。

みなさんが何気なく口にする美味しくて美しい野菜は、何代にもわたって優れた性質を伸ばしてきた2系統の「家柄」が、最後の最後に世に放った“御曹司”

しかも、自分自身の優れた才能を次世代に繋げることのできない、儚き生命体だったりもするのです。

パパとママの長所や特技だけを受け継ぎ、顔も良くて、スタイル抜群。当然、周囲からは高評価の嵐。それがF1品種。なんだか悔しいので、親が偉大過ぎてプレッシャーに負け、道を踏み外したF1品種、ってのも見てみたくなりました。

【品種改良の雑学5】効率的な品種改良は海外の農園なくしては実現しない

高度で科学的な研究や実験をもとに進められる品種改良ですが、もちろんすべてが研究室の中で完結するわけではありません。

多くの種類の野菜を植え、育て、幾度となくトライ&エラーを繰り返すとなると、私たちの想像以上に広大な畑が必要になります。

そんな理由もあって、近年品種改良を手掛ける種苗メーカーは、続々と海外に研究開発用の農地を確保しています。

日本国内で親となる野菜を開発したら、その株を海外の提携農場に送り、そこで掛け合わせて大量のF1品種のタネを採取。そういった方法で、効率よく研究の成果をカタチにするのです。

こだわりを持って品種改良を進める老舗・トキタ種苗では、中国、イタリア、インド、アメリカ、チリに系列会社農場を構え、現地の気候や土壌特性などを日本と照らし合わせながら、大規模な品種改良を行っているそうです。

「日本生まれ、海外育ち」という品種がたくさんあるようですね。そのうち、「地球生まれ、火星育ち」とか「東京生まれ、ヒップホップ育ち」みたいな斬新な経歴を持つ品種が誕生するかも。積極的に食べたくはないですが…。

【品種改良の雑学6】一般家庭でも、偶然に「品種改良」が行われることがある?

庭の畑や、ベランダのプランターで育てた野菜が期せずして交配し、まったく別の品種が生まれるなんてこと、あると思いますか?さすがにそれは……と言いたくなりますが、理論的にはあるようです。

実際、種の異なる植物間で花粉のやり取りが発生し、珍奇な品種として繁殖するという現象は、自然界でもときどき見られます。

だったら、自らの手で意図的に別品種を掛け合わせ、「品種改良」することもできてしまうのでは…と、想像したくなりますが、現実的には無理があります

前述の通り、品種改良には10年単位の時間がかかるのが当たり前ですし、思惑通りに改良を進めるためには膨大な知識と技術が必要。

何より結果は確率論に左右されますから、思い通りにいかなくて当たり前です。そもそもベランダで、たまたま親株とは違う特徴を持った種が生まれたとしても、それを「改良」と呼べるかどうか…。

自力で品種改良を進め、家庭菜園で美味しい野菜を作ろうと奮闘するよりも、美味しいF1種のタネを買ってきて育てたほうが、何万倍も効率的だと思いますよ。

「庭の畑で今年偶然、新品種のジャガイモが生まれたんですよ!買いません?」と、言われたら、それはおそらく何かの詐欺です。知識と技術の粋を集めてコツコツと進められている、専門家の品種改良だけを信じましょう。

TSUCHILL編集部

暮らしの中に土いじりを。 家庭菜園や農作業を趣味として楽しむライフスタイルメディア「TSUCHILL」。
土いじりの”たのしみ”を拡張し、もっと広く深く愛されるカルチャーに。 #ツチる

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