キッチンガーデンの香りでもてなす食卓。料理家・桑折敦子さんの「ベランダハーブのホームパーティー術」
CONTENTS
おいしい香りが立ち上がる瞬間。テーブルの上に花が咲くように、ハーブが香り、会話が弾みます。今回は料理家・桑折敦子さんに、キッチンガーデンの恵みを“おもてなしの時間”に生かすヒントを教えてもらいます。ベランダで摘んだひと枝のハーブが、料理の印象を変え、空間まで彩ってくれるでしょう。
【教えてくれる人】

桑折敦子(こおり・あつこ)さん
スープ専門店「Soup Stock Tokyo」のほとんどのメニュー開発を行ってきた、通称“スープの女神”。 フリー転身後も業務委託として新商品の開発に携わるほか、料理家/フードプランナーとして企業の商品開発やメニュー監修、料理イベントやメディア出演などで活躍中。
香りでもてなす、ハーブのテーブルマジック

おもてなしの時間を特別にしてくれるのは、派手な演出ではなく、ふと香るハーブの存在。料理が運ばれた瞬間に立ちのぼる香りや、手でちぎる小さな仕草が、ゲストの五感をやさしく刺激します。
「どこで育てたの?」と会話が弾み、キッチンガーデンの小さな鉢がテーブルの主役に。
桑折敦子さんのホームパーティには、そんな“香りの演出”があちこちにちりばめられています。まずは、桑折さんがキッチンガーデンのハーブで楽しむ“おもてなしのひと皿”からです。
Q1. 桑折さんが“おもてなしのひと皿”として定番メニューにしている料理は?

「ベトナムの揚げ春巻き。青紫蘇、赤紫蘇、ミント、サニーレタスで巻いて食べるのですが、ミントが入ることに驚かれます。でも、口の中で油をさっぱりとリセットしてくれて、ついつい手が伸びるんです」。

香りと食感のコントラストが楽しいベトナム風のひと皿。ミントは油料理の後味を軽やかにしてくれるハーブです。生育環境は半日陰で風通しのよい場所を好み、乾燥しすぎないように注意。紫蘇類は水はけのよい土に植え、こまめに摘心すると柔らかい葉が長く楽しめます。香りを生かした“巻き野菜スタイル”は、どんなパーティーのテーブルにも映えます。
Q2. 前日は“どこまで仕込む”? 当日は“何をテーブル仕上げ”にすればいい?

「前日または当日の午前中に、豚バラ肉の塊に塩と刻んだにんにく、ハーブ類(セージ、イタリアンパセリ、オレガノなど)を刷り込んで巻き、タコ糸で縛っておきます。お客様が来たら、オリーブオイルをローズマリーの枝で表面に塗り、オーブンで焼くだけで立派なメイン料理の完成です」。

時間と香りのマジックを味方につけた“仕込み上手”のひと皿。ローズマリーは日当たりと乾燥を好むハーブで、ベランダに放任でもよく育ちます。セージやオレガノも同様に丈夫で、剪定を繰り返すことで香りが濃くなります。
調理前の“ローズマリーブラシ”は香りを空間に広げ、会話の始まりを優しく演出してくれます。
Q3. ハーブ一種で3皿回すなら、何と何と何?

「ディル2〜3枝分を刻んで『ギリシャ風ヨーグルトサラダ』にひと振り。残りはニョクマムで味付けした『シジミとトマトのベトナム風スープ』にパラリ、そして『サーモンとじゃがいものグラタン』にも。
パクチーなら、根っこを潰して『ヤムウンセン(タイの春雨サラダ)』に、葉を刻んで『豚とあさりのアレンテージョ風(ポルトガル南部の家庭料理)』に、残りは『サルサメヒカーナ(トマトをベースに玉ねぎ、青唐辛子、パクチーなどのフレッシュ野菜を使ったサルサ)』に使います」。

ひと枝のハーブが旅するように3皿を巡る、桑折さんならではの“香りの旅”。ディルは冷涼な気候を好み、発芽までは乾燥を防ぎつつ明るい場所で管理しましょう。パクチーは暑さに弱いため、夏場は半日陰で育てるのがコツ。
あとはLED水耕栽培もおすすめです。根も香り豊かなので、捨てずに料理に活用を。ひと鉢で“世界の食卓”を楽しむ感覚が、キッチンガーデンの醍醐味です。
Q4. 香りが立つ瞬間をテーブルで演出したいんだけど、どんなハーブを育てればいい?

「ローズマリーやタイムを魚のお腹に詰めて、塩とオリーブオイルでマリネしてオーブンで焼きます。
焼き上がってテーブルで取り分けるとき、お腹からふわっと広がる香り——。その瞬間が一番好きなんです」。

ローズマリーとタイムは“香りの余韻”を生むハーブの代表格。火を入れることで香りが広がり、五感を刺激します。タイムは密植すると蒸れやすいので、株間を空けて育てるのがポイント。
摘み取った枝をフードドライヤーなどで乾燥しておけば、香りのブーケとしても活躍します。テーブルに漂うハーブの香りが、人の表情までやわらげてくれます。
Q5. ノンアル派も嬉しい“主役級ドリンク”は?

「スペアミントと刻んだパイナップル、ライム果汁、砂糖をコップに入れてマドラーで潰し、ミントが香ってきたら、炭酸で割って“パイナップルのモヒート風”に。誰でもおかわりしたくなる爽やかなノンアルドリンクです」。

スペアミントは葉が柔らかく、香りがまろやか。摘み取るたびに新芽が伸びるので、パーティー前日から数枚ずつ収穫しておくと便利です。パイナップルの甘みとライムの酸味がミントの清涼感を引き立て、ノンアルでも華やかな一杯に。透明グラスに注げば、緑が光を受けてテーブルが一瞬で華やぎます。
パーティーのおもてなしは、香りを摘む瞬間から始まっている

ハーブの香りが立ち上がるたびに、会話がほどけていくひととき。テーブルを囲む人たちの笑顔が、まるで光の粒のように広がっていきます。
桑折さんの“おもてなし”は、特別な演出よりも、香りを添える小さな工夫の積み重ね。
育てる・仕込む・焼く・注ぐ――そのひとつひとつの動作に、心がこもっています。
ベランダで育てたハーブが、料理を通じて人をつなぐ。
そんなささやかな循環が、パーティーの時間をもっと自由に、もっとあたたかくしてくれます。
香りを摘むその瞬間から、おもてなしはもう始まっているのです。
        






